単騎奇襲

準備無用

「タタタ・・・」
陣内で兵が忙しそうに駆け回る。ここはアーミィ軍の本陣である。
伝令が走ってきた。兵の仕事を手伝っていたアーミィが振り向く。
「伝令!ゼロス軍の兵糧庫を確認しました!」
「何っ!よし、よくやった。引き続き、ゼロス軍内を探れ。」
「はっ。」
伝令はさっさと走っていった。
「兵糧庫か・・・。お前達、ここは任せる。」
仕事をしていた兵がアーミィの方に向き
「はっ、我らにお任せあれ!」
とそろって言った。
アーミィはフラフラと歩いていく。フラフラと見えるのは、肩からヒラヒラが垂れているせいかもしれない。
やがて、アーミィはソルジャーのもとへ辿り着いた。
「やはりここか。父よ。」
アーミィは酒を残らず飲み干しているソルジャーを見下して、言った。
「おう、アーミィか。久しいなあ。お前は、俺が王宮に侵入して捨てて来て、今はセイクレッド王だ。捨てたときのこと、憶えてるか?」
「いや、憶えてはいない。憶えたくもない出来事だからな。」
「ま、そりゃそうだろうよ。さ、お前も一緒に酒飲もうや。」
「酒は遠慮しておく。父よ、命令だ。ゼロス軍の兵糧庫を場所がはっきりした。兵糧庫を奇襲して欲しい。」
相変わらず酒を飲んでいるソルジャーは、酒樽をダンッと地面に叩き
「おうよ!王の命令なら、よろこんで従おう。奇襲なら、俺だけで充分だ。兵はいらねえ。」
「そう言うと思った。では、絵描きが兵糧庫の場所を地図に書いている。絵が書き終わり次第、奇襲してもらうが、準備は?」
「いらねえな。俺はこの薙刀がありゃ充分だ。」
普通の武器なら、一回、二回、敵を斬れば、それで折れてしまうのだが、ソルジャーの薙刀は、最初に勝ったものではなく、最初から持っているものだ。折れにくく、切れ味の良い合金でつくられ、製法も日本刀に似たやり方だから、そう簡単には折れない。
ソルジャーは手元にある薙刀を持ち、刃こぼれを直し始めた。
「では、絵が描けたら持って来る。それまで待っていろ。」
「おう。」
アーミィは酒のにおいの強烈な酒置き場を後にした。
「・・・母はまだ帰ってこないか・・・。セイドの後を追って行ったというが、まだ帰ってこないのはどういうことだ?」
ソローは濃霧半島から、歩いて帰っているのである。馬が途中で過労死したので、仕方なく歩いている。
「セイドはブライトと同盟し、イモータルを叩くと言っていたが、果たして成功するかどうか・・・。」
今のところは成功している。莫大な被害を受けているが。
アーミィはこの冷戦状態に疲れていた。だが、一国の王、この軍の長たるもの、疲労如きに負けるものか!、と我が身にムチを打って仕事をこなしてきたが、もう、限界だ。ムチの力も弱まっている。
「そろそろ、休むか・・・。」
とそこへ、絵描きがやって来た。
「国王、地図、完成しました。」
地図を手渡しで渡す。
「ああ、そうか。悪いがこれはお前が持っていってくれ。この奥の酒置き場にいる、ソルジャーという大男に渡してくれ。あと、こう、伝えてくれ。今行け、とな。」
絵描きの仕事なんて、ただ絵を描いて、たまに他の仕事を手伝えばいいんだ、と思っていたのに、ここで国王からの命令を承ったのだ。ああ、なんということだろう。こんな絵描きに、国王の勅命とは!
たかだか絵を渡すことを頼まれただけで、ここまで感動するか?・・・この絵描き、実はこの陣の近くをうろうろしていたところを捕まったのだ。
「おい、感激してないで早く行け。」
絵描きは我に帰って
「は、はいっ!」
と飛び上がった。
絵描きが走っていく。それをアーミィは見送って
「さて、まだ昨日の分の仕事があったな。さっさと終わらせないと。」
と、アーミィは言いながら、たまに他の兵の仕事を手伝っている。
酒置き場の扉が開いた。
「何だ?」
ソルジャーが不機嫌そうに顔を向けた。
「あ、あの・・・この絵、国王が渡して来いと・・・。」
絵描きがおびえている。ソルジャーがどれだけ不機嫌なのかがわかる。酒飲みを邪魔されたからである。
「ア・・・国王が?渡せ。」
アーミィと言いそうになったが、何とかこらえられた。一文字言ってしまったが。
絵描きが地図を渡す。ソルジャーはそれを受け取り
「ああ、地図か。さて、俺は行ってくるか。国王に伝えろ。ソルジャーは行った、と。」
「はい。」
絵描きはせかせかと酒置き場を後にして、アーミィのもとへ走った。
「お、絵描きか。渡したか?」
机の上にある書類が山を成し、アーミィがそれと奮戦していたのだが、絵描きの姿を見たとたん、ピタッと止まり、こう聞いたのだった。
「はい。それと、伝言です。ソルジャーは行った、と伝えてくれと・・・。」
「そうか。わかった。自分の仕事に戻っていいぞ。」
自分の仕事ったって、絵描きに毎日仕事があるわけではない。手伝いしかしないから、これじゃお手伝いさんだ。
「はい。」
絵描きが天幕から出る。なんだか疲れた背中だ。
「さ、もうひとふんばりしてみるか。」
アーミィはバリバリと仕事を始めた。だが、三十分くらいすると机の書類がバサッと落ちた。アーミィが眠ったからである。その寝息は静かなものだった。

兵糧庫奇襲

「タカラッタカラッ・・・」
砂ぼこりが小さいながら舞っている。
ソルジャーはゼロス軍の兵糧庫を単騎で奇襲するのである。兵糧庫でも、ゼロス軍は大軍なので、何個かある。その内の何番目だかの兵糧庫を奇襲するのだ。
「・・・腹減ったな・・・。」
ソルジャーは馬上でこう呟いた。のんきなものだ。
馬もけっこう疲れたようだが、ソルジャーはそんなことは気にせず、兵糧庫に着いてしまった。
「何だ?あいつ。」
敵兵が口々にそう言っているのが聞こえる。
「奇襲しに来たのかな?」
「んなわけないだろ。たった一人で・・・。」
その、んなわけないことが、今起ころうとしているのだ。
ソルジャーの薙刀が敵兵を貫く。
「お、おい。奇襲だ!奇襲だー!」
「今頃か。馬鹿な奴らだ。」
敵は、たった一人で奇襲してくるとは思っていなかったようで、混乱している。ソルジャーはそれを笑ってやる余裕すら見せた。
「お、おい!混乱するな!隊列を作って、奴を包囲するんだ!おーい!」
敵の将らしき人物も混乱しているようだ。キョロキョロしている。どうやら、奇襲に遭ったことがないのだろう。
そうなれば、ソルジャーの思うように、この兵糧庫を走り回れる。そして、思い通りに斬ることもできる。
将も簡単に突き刺し、敵はますます混乱した。
「やれやれ。こんな奴らに兵糧庫を任せるなんてな。兄貴もバカやってやがる。」
この兵糧庫、意外にセイクレッド陣に近いのだ。ただ、人の手が加えられていないのか、草木が多く、隠れて見えなかったのだ。
敵部隊はほぼ、壊滅状態。生き残った者もほとんど逃げている。
「何だ、思ったよりも簡単だったな。さて、アーミィのことだし、もう、味方の兵が来てるだろ。それまで死体処理でもしてるか。」
ソルジャーは疲れきった馬を休ませる。
薙刀の刃先を死体の鎧と服の間に入れ、持ち上げると、兵糧庫の隅や外へ放り投げる、これを何回か繰り返した。暇つぶしとはいえ、けっこう疲れる。
「お、やっと来たな。」
味方の兵が数十人来た。
「はっ、ソルジャー様、奇襲ご苦労様でした。」
兵が敬礼する。
「おいおい。俺に様なんて付けなくってもいい。さ、さっさと物資を陣に運ぶぞ。ボサッとするな!」
「はっ!」
数十人の兵が一斉に敬礼する姿を目の前で、しかも自分に対してなので、ソルジャーは少し退がった。全部男で、しかもそろっているので、ソルジャーでも怖い。妻子持ちだからかもしれない。
ソルジャーは、物資輸送に戸惑いはしなかった。経験済みだからだ。
「さーて、だいたい終わったな。ずらかるそ。」
「はっ。」
物資輸送も終了し、ソルジャー達は陣へ帰っていった。死体片付けはまだ終わっていないが、どうせ、放って置いても勝手に腐敗する。
輸送隊は本陣に帰還し、ソルジャーはアーミィの所へ行った。
「アーミィ、やったぞ。意外に敵が少なかったんで、楽に終わった。」
「そうか。しかし、ゼロスがそんな油断をするとは思えないな。」
「考えすぎだ。人間、一つや二つ、間違いやうっかりをするって。」
「・・・そうだな。考えていても仕方ない。敵は兵糧を叩かれて浮き足立っているはずだ。俺が攻める。父は休んでいてくれ。」
と言って、アーミィは兵を集めるためどこかへ歩いていった。
「休めって・・・まあ、いいか。」
ソルジャーは酒置き場に向かった。いつまで酒を飲むつもりだ。
ゼロス軍は兵糧庫を攻撃されたことで、浮き足立っているようだ。まだ、いくつでも兵糧庫はあるのだが、ゼロスも退き際をわきまえたのだろう。
アーミィ部隊が到着した頃には、既にゼロス軍は撤退していた。