セイクレッド雪原の戦い

偽反乱

「ヒュゥゥゥゥゥ・・・」
吹雪いてきた。雪に慣れていないイモータル兵にはこたえる。
「おお、寒っ。」
身震いしながら、フィリップが言った。
そこへ、ゼロスがやって来た。
「フィリップ、用がある。こっちへ・・・。」
と手チョイチョイと動かす。
その手に誘われるように、いや、寒い見回りの仕事から解放されて喜ぶようにゼロスについて行った。
天幕に入る。暖房なんて、便利なものはこの時代にはないが、吹雪の中を歩き回っていたフィリップにとっては、天国のような暖かさであった。・・・まだ死んではいない。
「・・・ということだ。」
ゼロスは椅子に座っている。
だが、フィリップには椅子はなく、立っている。やはり、所詮は将軍補佐官。
「では、私が裏切るように見せかけろと?」
「ああ、そうだ。お前が敵に裏切ると偽手紙を書いて、セイクレッドを白山に誘う。そこを伏兵で包囲し、セイクレッドを退かせるのだ。」
「・・・早速、準備に取り掛かります。」
「そうしてくれ。手紙の内容は自分で考えろ。」
「はい。それでは・・・。」
フィリップが天幕から出て行く。ゼロスは、背中からでも、フィリップの感情を読み取れた。よっしゃ。これで俺の地位は確実なものになる、と。
フィリップなんて、簡単な人間だ。地位を上げてやる、と、たった一言言ってやれば、なんでもしてくれる。雑用からマッサージまで、なんだって。
フィリップは上機嫌で天幕から出たが、その顔は一瞬にして曇ってしまった。吹雪だからである。
「あ〜、セイクレッドなんて辺境、来なけりゃよかった。」
セイクレッドの人間が聞いたら、瞬殺しただろう。いや、その前にソローが殺すだろう。
フィリップは偽手紙を書き終え、ゼロスに見せた。
「中々いいな。こいつをお前の兵士に、セイクレッド陣に送るように言っておけ。あと、フィリップ部隊は白山に移動しろ。」
と、手紙を返してきた。
「ありがとうございます。」
と、天幕から出て行った。
ゼロスは考え込んだ。こんな策がアーミィに通じるだろうか?
「白山は重要拠点。ここを制圧した側の勝ち、といってもおかしくはない。だが、アーミィなら、疑ってくるだろう。いや、しかし・・・。」
考え込むだけで、一向に結論が出てこない。ゼロスのイライラの種となった。
「白山の守備を五万にしよう。何があっても、これなら持つはずだ。」
確かに、セイクレッド軍は八万。それに比べて、イモータル軍は二十万の大軍だ。五万もいれば、総攻撃を仕掛けてこない限り、充分に防げる。いや、だが・・・。
「・・・悩んでも仕方ない。アーミィに勝つことを祈るか・・・。」
ゼロスは手を顔の前で合わせ、目をつぶった。絶対に旧イモータルの仇を取るのだ。大陸最強の国の誇りのため・・・。
・・・セイクレッド陣。フィリップからの手紙が来た。
「手紙か・・・どれどれ・・・。」
アーミィは手紙を広げた。もちろん、天幕の中で、である。外じゃ、手紙が雪で破れてしまう。
「・・・」
「どういう内容だ?」
ソルジャーが言った。
「フィリップが裏切るそうだ。白山で裏切るらしい。」
「そりゃ良かった。こっちに付いたら、ソローと一緒に斬りまくってやろう。」
楽しげにソルジャーが言った。恨みがこもっているのが分かる声でもあるので、不気味だった。
「どうも怪しいと思いますが。」
セイドが言った。」
「まあな。フィリップ如き、裏切っても裏切らなくても変わりはない。わざと乗ったように見せかけて、上手くゼロスをはめてやろう。」
「では、どうやって確実な被害を与えましょうか?」
すっかりソルジャーは無視されている。
「そうだな。とにかく、絶対にやることは、撤退だ。二十万もの大軍、こんな八万の軍では勝てない。」
「自軍に被害を与えず、敵軍だけに被害を与える・・・。・・・火計ですか・・・。」
「そういうことになるな。白山での火計。森が多いからいいだろうな。・・・だが、火計だけではまだだ。もっと敵に被害を与えたい。・・・白山に目をそらせて、本陣を強襲するか。」
「では、白山を攻撃しながら、少数部隊で敵本陣を挑発して、白山に誘い込みましょう。そこで、火計をして、敵が追撃して来たら、迎撃、追撃して来なかったら、本陣を強襲すれば・・・。」
「そうだな。その策でいこう。挑発は誰にやれせる?」
「ギフトが適任かと。雪に慣れていて迅速な行動が出来ますし、戦いになってもある程度は持ちこたえられますから。」
「わかった。ギフトに挑発させる。・・・フィリップは放っておく。機を見て、作戦を実行する。いいな?」
「はい。・・・親父?」
セイドが振り向くが、ソルジャーの姿が見えない。話のに乗れなくて、つまらなかったのだろう。
「さ、フィリップに返事を書かねばな。セイド、お前が書いてくれ。一国の王の筆跡を真似されたら大変だ。」
「はい。」
セイドは筆を取った。
「出来たぞ。」
返事の手紙を書き終えたのだ。
「よし、それをフィリップに送る。白山にいるだろう。俺の兵に行かせる。セイドは休んでいてくれ。」
「はい。では・・・。」
セイドが天幕から出て行った。アーミィも天幕を出て、自分の兵の一人に手紙を渡した。

大惨事

「ザクザクザク・・・」
雪が本当に邪魔だ。ゼロス軍にとっては、だが。
逆に、セイクレッド軍からすれば、雪は頼れる地形だ。慣れない奴とは、どんなに差があっても同等の戦いができる。
「手紙が来たか。どれどれ・・・。」
フィリップは手紙を広げた。
「・・・なるほど。アーミィは信用したようだ。」
フィリップはゼロスを探し始めた。まだ本陣にいるのだ。
「あっ、将軍、手紙、来ました。」
と手紙を渡す。
「そうか。・・・アーミィが承諾したな。これなら、策は成功する。フィリップ、白山へ行け。アーミィに、裏切る、と言って白山に誘い出し、伏兵で滅ぼす。いいな?」
と、ゼロスは言った。
「はい。では、言って参ります。」
フィリップが言った。
フィリップ部隊は白山へ急ぎ足で走った。歩くときと、速度にたいした変化はないが。
白山に到着した。フィリップは早速手紙を出し、アーミィを誘い出そうとした。
「手紙来たか。わざと乗ってやろう。ギフトの挑発隊を出撃させろ。」
アーミィが言った。
セイドは
「はい。」
と言って、天幕から出た。
ギフトの挑発隊は静かに出撃した。アーミィの本隊も白山に突撃する。
「フィリップ隊長、セイクレッドが来ます!」
「そうか。うまく誘い込んで、伏兵を出せ。」
「はっ!」
「ゼロス将軍をも退かせたセイクレッドの賢王と聞いていたが、たいしたことないな。」
フィリップは薄笑いをした。相手にも策があるかもしれない、とは微塵も考えずに。やっぱりバカだ。
「セイクレッド軍が来たぞー!」
イモータル兵の叫びが聞こえる。
「さて、伏兵!今だ!」
フィリップの命令で伏兵が一斉に沸いてきた。
「セイクレッドめ!滅べ!」
フィリップは高笑いをしたが、その笑いはすぐに消えた。
「な・・・敵がひるんでいないぞ!?お、おい!早く奴らを倒せ!」
フィリップは慌てるが、味方の兵は戦うことで精一杯。誰もフィリップを構わない。
「フィリップ、殺す!」
ソローである。まさに泣きっ面にハチ。
「ヒーッ!漢女め!」
フィリップが逃げていく。ソローはそれを追うが、セイドに止められた。
「放せ!私は奴を殺さねばならん!一族の仇を!」
「落ち着け!戦場に私情をはさむな!」
セイドの言葉が聞いたのか、それとも、息子に叱られたからか、ソローはおとなしくなった。
「そうだな。私がバカだった。」
いや、先程にも言ったように、バカはフィリップだ。
「さ、敵はあっけなく逃げていった。仕事をしないと。」
「わかった。」
さて、ギフトはどうだろうか。
「おいコラァ!おめえら、陣内でビクビク震えてんのか!ええ!?」
アウトローである。挑発隊に入れられたのだ。
「ゼロス将軍、あのまま言わせておいていいのですか?」
ジミーは今にも爆発しそうな怒りを必死で抑えながら言った。
「あれはどう見ても挑発だ。わざわざ挑発に乗る必要もない。」
「しかし・・・!」
「・・・わかった。私も怒りに満ちているからな。ジミー、奴らを殲滅するぞ。」
「はい!」
「全軍、あの憎たらしい奴らを殲滅しろ!」
「オーッ!」
陣にいた兵士達が一斉に駆け出す。挑発を聞いていて、腹が立っているからだろう。
「へへ、バカ共が。軽くあしらってやりな!」
アウトローが言うと、挑発隊はさっさと退いていく。
「逃がすな!絶対に殺すのだ!」
とは言っても、雪に慣れている兵の慣れていない兵とでは、足の速さは関係なく、慣れていない兵の方が遅い。追撃もままならないのだ。
挑発隊は白山へ逃げ込んだ。ゼロス軍も追うが、遅い。
「白山に逃げ込むとはな。戦場だというのに・・・。」
確かに、戦ってはいるが、ジョゼフ部隊もかなりやられた。
挑発隊は森へ逃げ込む。
「森だろうとなんだろうと、徹底的に探し出し、残らず討て!」
ゼロス軍は森の中へ入っていく。
「アウトロー、もういい。火をつけるぐらい、俺でも出来るからな。」
「へーい。じゃ、俺はセイドんとこ行くわ。火計は任せたぜ!」
「おう!・・・さて、ゼロス軍も森にけっこう入っただろう。火を放て!」
兵士が持っていたたいまつを森の木につけ、火をつけた。
途端に火を燃え広がり、白山の木々も、名物白百合も焼けていった。
「わーっ!火だー!火計だ!」
「何?火計だと?くっ・・・。」
「将軍・・・。」
「こんなところでは死ねん。森から出ろ!早く!」
ゼロスの命令も空しく、イモータル兵は次々を炎に呑まれていく。
「我々だけでも逃げなければ。」
「はい!」
ゼロスとジミーはなんとか森から出て、火の粉が来ないくらいのところまで逃げた。
白山は巨大な炎に包まれ、煙は天高く舞い上がり、兵士の死への恐れから来る叫びも響いた。
「・・・まるで地獄だな・・・。」
「・・・兄は?」
「そうだ。ジョゼフがいたな。探すぞ。」
ゼロスとジミーはジョゼフを探しに行った。
この火計でゼロス軍から十万もの兵が死んだ。この火計だけでなく、白山を攻撃した時の死者数も含めてだが。
「おお、ジョゼフ!無事か!」
「ゼロス将軍!ジミー!」
「ジョゼフ、味方は?」
今のところ、十万いますが・・・。」
「十万!?十万も兵が死んだのか?」
「そのようです。」
「くっ・・・。仇を取る。十万でも、セイクレッド軍は八万。何としても破ってみせる。」
「ですが・・・」
「言うな。」
「はい・・・。」
ゼロスとジミーはジョゼフが招集した兵のところへ行き、仇を取りにセイクレッド軍を攻撃する、と言った。
「オーッ!」
兵士達は以外にもOKで、逆落としを開始した。
だが、セイクレッド軍は迎撃陣を既に布いており、ゼロス軍は三万の被害を出しながらも、セイクレッド軍を退かせた。
「・・・一時ここで休むぞ。」
ゼロスは命令した。
セイクレッド軍死者数、四万、イモータル軍死者数、十三万、死者総数、十七万。
ゼロス軍はセイクレッド雪原を奪れたが、ここは別に重要な土地でもない。ただ二十万近くの人間が死んだだけの戦だったことには、セイクレッドもイモータルも嘆いた。