緊張はしなかった。
なにせ、私の出番が来るまでに約3時間半かかったのだから。
席を立ち、全員の視線を感じながら歩く。
3つの長い机には、すでに目を閉じて夢の中の人もいた。
「では、始めさせていただきます」
透き通るような、清楚で静かで女性らしい声(長い)・・・私の自慢の一つだ。
この声を聞いて目の覚めた人はいないようだったが、まあいい。
事実、私も眠いのだから。
ズラズラと機械的に説明し、私は一礼した。
すると、「社長」が立ち上がり、
「皆さん、やっと退屈な会議も終わりました。予定より早いですが、ここでお開きとしましょう。」
と言った。
「社長」は昔からこうだった。でも、今は無理をしているように見えた。
ほとんどの人が、遠慮もせずに深く息をつき、ゆっくりと歩いていく。
ふと、「社長」を見ると、顔色がよくなかった。
「・・・社長、大丈夫ですか?」
私は駆け寄ったが、「社長」は首を横に振っただけだった。
やがて、「社長」は顔色が悪いまま会議室から出て行った。
・・・私はこの兵器メーカーの社長秘書である。
先程の「透き通る声」の持ち主だ。
声とは対照的に、名はブラック・パトリシア。「ホワイト」や「ブルー」ではないのだ。
「どうしました?」
誰かが声をかけてきた。
「え?あ、いえ・・・なんでもありません」
「なにやらボーッとしていましたから」
「心配してくれてありがとうございます」
やっと焦点が合い、相手の顔がはっきりとした。
この人は、どこかの国の大統領だ。
確か・・・ミッドガルドの大統領だ。
ここはエデンという国。
タンカーから重油が大量に漏れ出したことが問題となり、
ミッドガルド大統領がそれについてエデンへ訪問して来たのだ。
大統領は周りを見渡していた。
「誰もいないか。ちょっと話があるんだが、いいかな?」
「はい」
「くれぐれも、このことは内密にして欲しい」
「わかりました」
「実は・・・」
大統領(名前は思い出せない)は少し下を見て
「エデンが核をつくっているのは知っているか?」
この会社は兵器メーカーだ。しかも大手の。
そこの社長秘書なら、それくらい知っている。
軍部から核兵器製造を要求されたのは、ここなのだから。
「知っています。ここがつくっていますから」
大統領は驚きもせず、むしろ最初から知っているようだった。
「・・・止めさせることはできないか?」
「・・・・・・どういうことですか?」
別に私は核兵器をつくりたいわけじゃない。
だが、突然こんなことをいわれたら、どう答えればいいのかわからなかった。
「秘書なら、社長に止めるように言えるだろう?」
「軍部からの命令なんです。社長はそんなこと決められません」
「なら軍部の奴に言えないか?」
大統領が、他国の軍部に「奴」なんて言葉を使っていいのか、
なんて考える余裕があった。いや、無理に余裕を装ったのだろう。
「私は・・・ただの秘書です。せいぜい社長に言うことしかできません」
大統領は落胆したようだったが、その感情を押さえつけていた。
「わかった。核を絶対に使わせないでほしい。我が国は核の被害を受けた」
ミッドガルドは千年以上も前、豊魁決戦で核爆弾の被害を受けた。
ディヴァインの決死隊が核爆弾を抱え、
ミッドガルド・・・当時の国名はラグナレク・・・の首都で自爆したのだ。
何百万の人が死に、放射能や黒い雨による二次被害もあり、
当時の人達の血はそこで途絶えたといわれる程だったらしい。
そこへ移った島の人々が、今のミッドガルドを建国したのだ。
「長くなってしまった。これで失礼するよ」
大統領が出て行く。
「あ・・・思い出した・・・。あの人の名前、シグムンドだ」
今更思い出した。呼ぶことはなかったが、自分でも遅いと思う。
しかしまあ・・・私に何ができるんだろう?
核のことを知っているようだが、エデンのことを考えて公言しないのだろう。
とにかく、私には何もできないのだ。
「さて、社長が待ってる。急ごう」
「社長」は私がいないと何もできないから・・・。
社長室のドアを開けると、社長の顔色は元に戻っていた。
「社長、大丈夫みたいですね」
「無論だ。俺一人、休んでいるわけにはいかない。」
さっきの会議で20分も寝ていた張本人が何を言うやら。
「しかし、遅かったな。誰かと話していたのか?」
「はい。シグムンド大統領と」
「大統領は我々をあまり良く見ていない。仕方ないことだが・・・」
「社長」も、好きで兵器メーカーの社長の座にいるわけではない。
不意に、私は「社長」に聞いてみようと思った。
「社長、核のこと・・・どう思いますか?」
「社長」も驚いたようで、目が大きく開いている。
「そりゃ・・・いいわけないだろう。だが、軍部の命令ではどうしようもない」
誰も核兵器製造を止めろなんて言ってないのに、
自分からこんなことを言うのだから、「社長」も核には反対なのだろう。
「社長、核を止めますか?」
「簡単に止められればな。」
「社長」は考えているのか、指を額に当てていたが、やがて顔を上げた。
「パトリシア、核を止めさせてくれないか?」
「簡単にできないんじゃないんですか?」
「ああ。だが、有能なお前ならできる。やってくれ」
「社長」から初めて「有能」なんて言葉を聞いた。褒められた記憶もない。
「ギルガメスへ行ってくれ。王のネルガルに会うんだ」
「ギルガメス」は南の巨大な大陸全土を支配する国だ。
部族同士での争いの末、結局最強を誇った部族が他の部族を吸収し、
結果大陸全土を支配することになった。
ここは以前、核保有で世界的な問題となり、貿易はエデンとしか許されていない。
だが・・・未だ王制のギルガメス。深い森林も多くあると聞く。
そんな辺境の地へ、何をしに行くのか。
共通点は「核」だけだ。
「ネルガル王に会って何をすれば?」
「うむ。極秘に我らが行っているアルベルト計画を完全に消滅してもらうのだ」
「アルベルト計画」とは、エデンのアルベルト要塞で決まった核計画である。
「ネルガル王が聞いてくれるでしょうか?」
「聞かせるんだ。あっちも核保有で問題になったろう。唯一貿易している
エデンを助けてくれるはずだ」
秘書の身には責任重大だったが、私は頼られると無理をしてしまう傾向がある。
「・・・わかりました。では、いつ行きますか?」
「今日だ。仕事はなんとかなる。完成させないようにわざと手間取ってやる」
「社長」はせっかちなのだ。一人で大丈夫か心配だが・・・。
「わかりました。では」
「絶対に成功させてくれよ」
「はい」
私は社長室から出た。
退社して、まず自宅へ向かう。
ギルガメスは昔のエデン語を早口で使っているという。
毎日戦だったから、自然と早口になったのだろう。
安アパートの自宅から、古エデン語の辞書を取り出した。
我ながら手際良く支度は済み、バッグを手に安アパートを出た。
腕時計を見ると、わずか10分で支度が済んだようだ。
・・・空港は意外にも混んでいた。
もう昼だ。皆会社とかで空港は空いていると思っていたのだが・・・。
ぎこちなく流れる人の川を眺めていた。
「少しでも早い方がいいか・・・」
さすがにギルガメスへ行く人は少ないようで、ギルガメスへ向かう飛行機は
かなり空いていた。
・・・ギルガメスの空港(名前は読めない)を出ると、これまた意外にも、
アスファルトの、整備された道路が真っ直ぐに伸びていた。
この道路を進めばギルガメスの首都、ギルガメス城に着くはずだ。
時間にして・・・約2時間。
あの会議に比べれば、2時間なんてどうってことない。
自分でも、開き直っていることがよくわかった。
タクシーを止め、ギルガメス城まで頼んだ。
途中、アスファルトを突き破る木の根などがあったが、なんとかギルガメス城まで着いた。
城門には短機関銃を持った兵士が二人いた。
運転手が話をし、中へいれさせてもらった。
もちろん、タクシーを降りて、である。
・・・城内は飾り気がなく、素朴な味のあるものだった。
木が多く使われていて、なんとなく安心できた。
さすがに運転手は帰ったが、辞書を片手に私は謁見の間へ向かった。
案内図があったので、それを見て憶えたのだ。
待ち時間も少なく、すぐにネルガル王と会うこととなった。
しかし、辞書を見ても、相手が何を言っているのかわからなくて、不安になった。
とりあえず、謁見の間の中央辺りでひざまずいた。
玉座に座るネルガル王らしい人物は、それを見て驚いた様子だった。
「堅苦しいことはしなくていい」
ネルガル王が言ったらしかった。
古エデン語でないことはわかった。
意味が通じるし、ここの言葉よりゆっくりとしている。
「・・・話せるんですか?」
おそるおそる頭を上げて言った。
「ああ。共通語くらい話せないと、他国との交流ができないからね」
ネルガル王が言った。
「それで、何の用でこんなところまで来たのかな?」
「はい。・・・ですが・・・これだけの人がいるところではちょっと・・・」
「そうか。・・・」
「・・・」の部分は、パトリシアが理解できなかったのだ。
古エデン語なのだろう。辞書を持ってきた意味がなかった気がする。
周囲の人が全員謁見の間から出て行った。
「これで二人きりだ。・・・用件は?」
「・・・これは極秘でお願いしたんですが・・・」
言いたいわけではないが、言わなくてはならない。
大きく息を吸って
「エデンが核兵器をつくっているのを止めていただきたいんです」
「エデンが核を?我らと同じような目に遭うのはわかっているだろうに・・・」
「軍部からの命令で・・・。止めることはできないでしょうか?」
「エデンには恩がある。何をすればいい?」
「軍部の核計画を廃止してください。核計画の名前はアルベルト計画です」
「アルベルト計画か・・・。わかった。
だがエデンはこれから1年程混乱するだろう。それでもいいか?」
「はい。核兵器を持つよりはずっといいです」
「さて・・・・・・」
ネルガル王は一つ、わざとらしくせきをして、
「これは私のお願いになるんだが・・・」
「なんですか?」
「私の家へ来てくれないか?・・・我らの行動を監視するために」
「ちょっと待ってください。社長がやっていけるか心配です」
「そうか。国際電話がある。使ってくれ」
ネルガル王は謁見の間にある電話を指した。
私は「社長」に電話をかけた。
「社長」のプライベート用電話(社長室にあるが)へだ。
「もしもし?」
通じるのは早かった。
「あ、社長・・・ネルガル王に会ってきました」
「そうか!いやよくやった。さすがだな」
「それで・・・ネルガル王がギルガメスを監視するように言ってきたので・・・」
「向こうから?まあいいじゃないか。仕事は適当にやるから、しっかり監視してくれよ」
今は上機嫌だが、明日にはもう仕事で混乱しているだろう。
「わかりました」
電話を切り、ネルガル王を向いた。
「終わったか?」
「はい」
「私の家へ来るか?」
「いえ、街を少し見てから行きます」
「そうか。後でな。私は真夜中でもここにいるから、用があったら言ってくれ」
「ありがとうございます」
私は謁見の間を出た。
なかなか親切な王だった。今どき王制の国なんて珍しいが。
辞書があるから、ある程度の会話はできる。
街をぶらぶら歩いてから、王の家に行こう。
暗くなり始める街に、パトリシアは少しずつ呑み込まれていった・・・。![]()