この街はあまり居心地はよくなかった。
なにしろ開発途中なのだ。
煙で空のいたるところが黒くなっている。
ここはラグナレク大陸北部。
女尊男卑の領土となっている。
すぐ南にはミッドガルドがある。
パーシバルは足を速めた。
こんな煙だらけで清潔感のカケラもない街にいたくない。
この街の名はビフレストと言った。
ビフレストとは、北欧神話で神の世界と人間の世界を繋ぐ
虹の橋のことだが、どうもこの街とはイメージが違う。
ビフレストは女尊男卑の本拠となっている。
そのため、この街にはルシフェルもシフもいる。
パーシバルの仮の家もここにあった。
パーシバルにとっては嫌で仕方ないのだが。
「なんでこんな街に・・・」
パーシバルは口を止めた。
角からルシフェルが現れたからだ。
女尊男卑とは言うものの、一応リーダー格は男のルシフェルである。
実験を握っているのは妻のシフだが。
ディヴァインにいた頃からも恐妻家と仲間には言われていた。
そして、事実でもある。
「ルシフェル将軍?」
そうパーシバルが聞いたのは、ルシフェルが今にも倒れそうだったからだ。
「ああ・・・パーシバルか。いや、大丈夫だ。うん。俺はもう・・・」
勝手に自分で納得している。
「あの・・・どうしました?」
「何も聞かないで・・・」
ルシフェルは手を力なく振ると、そのままよろけながら歩いていった。
「・・・まあいいか」
この街にいて不機嫌なので、深く関わらないことにした。
パーシバルはビフレストを出ると、草原を目指して歩いていった。
たいして距離もないので、すぐに行き来できる。
いつもに木に寄りかかり、少し目を閉じた。
自然が好きなパーシバルとしては、工業の街など最悪の環境である。
ふと、目を開けると、最近見かけない姿があった。
昔は飽きるほど見てきた顔。
「こういう所で寝るのは昔から好きだな」
ウリエルだった。
「なんだ、兄貴か」
パーシバルは顔を上げた。
「ひさしぶりに会ったのになんだその反応は」
ウリエルは笑った。
「でもこんな所にいていいの?すっかり反逆者扱いだよ」
ミカエルに従わなかったウリエルは、ディヴァインの中では
少々反逆者として扱われていた。
ミカエルなど、事情を知る者やウリエルに世話になった者以外は、だ。
「まあいいさ。姫に何か言われなければ」
ウリエルはパーシバルの前に座った。
「・・・これからどうするの?」
「とりあえずジパングへ行く。そこからなら世界のどこへでも行けるからな」
「戻る気は?」
「・・・どうかな。一旦放浪するつもりだ。10年もしたらディヴァインに戻るかもな」
「それまで私がここにいるかな?」
「どういうことだ?」
「ま、ちょっとここは居心地悪いから。ディヴァインに戻りたい」
「お前の自由だ。じゃ、行くか」
ウリエルは立ち上がり、後ろを向いた。
パーシバルは、その小さくなる背をしばらく見ていたが、やがて立って
「もう暗くなるし、戻ろ」
と言った。
広大な草原は赤く焼けるように染まっていった。
・・・ルシフェルは自宅のドアを開けた。
玄関から土足で入って行く。
これは普通なのだ。
さすがに、きれい好きなルシフェルは靴の汚れを落としたが。
疲れきった体をカーペットに倒した。
ここから遠い、華やかな街でパーティがあった。
ルシフェルはそれに出席し、パーティの途中、控え室へ来るよう妻シフに呼ばれた。
予想はしていたが、シフの暴行を素直に受け止めた。
夫婦喧嘩に限りなく近いのだが、シフが一方的にやっているだけで、
ルシフェルは何もしない。
喧嘩の原因は、ルシフェルというわけではない。
むしろシフの方と言ってもいい。
シフは、パーティなどという窮屈なものにはストレスを感じていた。
ディヴァインにいた頃から、そうだった。
ルシフェルと結婚して、パーティに初めて出席したとき、
非常に不快だったのを憶えている。
他人との交流や、きついドレスなどがあまり好きではなかった。
そしてそのストレスの行き場が、ルシフェルだった。
ルシフェルも最初はわからなかったが、だんだんストレスが原因だと気付いた。
今では、疲れるもののそれは自分のせいだと思っている。
自分の階級の高さが問題なのだ。
ルシフェルは、何もせず、ただ倒れていた。
もし誰か来たら、ほとんどの人がルシフェルが死んでいるのではないかと
思うくらい、静かで安らかに。
何時間か経ち、ルシフェルは起き上がった。
家を出て、煙の街を歩く。
ルシフェルが来たのは、パーシバルの仮の家だった。
インターホンを鳴らす。
「はい」
パーシバルがドアを開けて出てきた。
「ルシフェル将軍・・・もう大丈夫ですか?」
「ああ。・・・なあ・・・」
ルシフェルはパーシバルの肩に手を置いた。
手を肩から首筋へすべらせる。
と、その手はパーシバルの手によってのけられた。
「・・・何の用ですか?」
パーシバルは静かに言った。
ルシフェルは黙り、しばらくして深くため息をついた。
「すまなかった。俺がどうかしていた」
ルシフェルはそう言って、帰っていった。
「やれやれ・・・これじゃシフさんに怒られる。・・・抜けようかな」
ルシフェルも更にシフに尻を叩かれることになってしまう。
女尊男卑を抜けるとして、どこに行こうか。
軍に属する必要はないけど、暇だし。
ディヴァインに戻ろう。
パーシバルはそう決心した。
パーシバルは、決心したらすぐ実行することを主義としている。
そのため、女尊男卑を抜けるのは、今となった。
前にも、放浪癖があって兄ウリエルを悩ませた。
特に準備もせず、全財産を持ってビフレストを出た。
港までは車で、そして船でディヴァインに行く。
今、空港は完全に休んでいる。
ディヴァインと女尊男卑がまだ交流がないため、飛行機が動けないのだ。
1ヶ月経った。
パーシバルはサンタ・ルチア港にいた。
船がここに止まったので、しばらくここにいたのである。
ここではルーフは有名なので、パーシバルはルーフに会いに行った。
独特のにおいの風が街の中を吹き抜ける。
パーシバルはルーフの家へ向かって歩いていた。
「なんでここにいる?」
角からルーフが出て来て、言った。
「あ、ルーフ」
「なんでここにいるんだ?」
「居心地悪かったから、船でこっちに来ただけだよ」
「・・・行く場所はあるのか?」
特に気を遣うべき相手ではないが、ルーフの口は勝手に言っていた。
「ない。あなたの家に泊めてくれる?」
冗談まじりに笑いながら言った。
「だめだな。俺の家は狭い。泊まってる奴もたまにいるし」
「・・・誰が?」
「俺の団員。訓練し過ぎで寝ちまうから」
「・・・私も船旅で疲れたから、泊めてもらってもいいよね?」
「おい・・・まあいいけどな。来るか?」
パーシバルは肯いて、ルーフについて行った。
ルーフの家は、庭が異常に広かった。
訓練でよく使うのだが、全員ここでやるわけではない。
時間で分けられ、午前は半分、午後はもう半分が使うというようにしている。
今も3、40人が庭にいる。
庭が広いので、家の小ささがよく目立つ。
「入れよ」
ルーフがドアを開けたまま待っている。
「ありがと」
中へ入ると、なんとも質素なものだった。
部屋の中央にテーブルがあり、奥には台所が見える。
隅にタンスと本棚があるだけで、飾り気がない。
壁紙が無彩色ではなく、薄いオレンジだったのが唯一の救いだった。
「どうせ暇だろ?適当に本でも読んでろ」
ルーフは出て行ってしまった。
まだやることが残っている。
さっき街を歩いていたのも、船の調整の用具を買うためだった。
ルーフの持つ船は、まず個人が持てるものではなかった。
名義はサンタ・ルチア港だが、実際はルーフの許可がないと使えない。
その船は、海防戦艦ウェイヴ・スウィーパーである。
海防戦艦とは、まあ簡単に言うと戦艦の小型版のようなものだ。
それでも、この港を守るには心強い強さがある。
たまに出る海賊も、この船でいくつも捕まえてきた。
用具を買って、船の調整中、ルーフは
「パーシバル、どうすりゃいいんだ?追い払えないしな・・・」
と、頭をかきながら言った。
腰に差したアンサラーが揺れていた。![]()