港は肌寒かった。
エデンの玄関とされる港、ヴィースバーデンである。
殺されずに済んだワイズは、ひとまずエデンへ逃げていたのだ。
エデンはまだ、混乱が絶えない。
パトリシアがネルガルに頼んだことは、エデンに混乱を与えた。
ギルガメスのやり方が間違っていたのだろうか。
何にしても、今エデンはとても旅行などのんきなことを出来る状態でなかった。
大統領は暗殺され、軍部も乱れきった。
有名な議員もことごとく死んでいった。
事故死とされているものもあるが、隠ぺい工作なのだろう。
ワイズはあえて危険なエデンに来たのだ。
ワイズはこの混乱を知っていた。
利用してやろうというのだ。
ヴィースバーデンを出て少し歩くと、小さな民家があった。
もはや廃屋と言ってもいいくらいだった。
もう日も暮れてきたので、ワイズはそこに泊めてもらうことにした。
ドアをノックした。
「誰かいませんか」
宰相だったときは、こんな口調ではスターにしか話さなかった。
ドアが開けられた。
「・・・誰だ?」
さきほどのワイズの口調とは違い、敵意丸出しの口調だった。
それでも、昔のワイズなら怒るところだが、今は違う。
「一晩、ここに泊めてくれないか?」
「身分は?」
「身分?・・・私はただの旅人だ」
「・・・まあいい。入れ」
飲み物一つ出されず、相手が椅子を出したので、ワイズは椅子に座ることになった。
「あなたの名前は?」
ていねいな口調でワイズが言った。
「俺は・・・ザカリエル。お前は?」
「サマエルだ。よろしく、ザカリエル」
偽名ではない。本名である。
ワイズの名はワイズ・サマエルなのだから。
この世界ではあまり姓と名の区別がつかないので、こんなことは普通なのである。
「共に天使の名前だな。サマエル」
ザカリエルが手を出した。
ワイズはそれに応えて、ザカリエルの手を握った。
ふと、ワイズはザカリエルの腕を見た。
今までは長袖だったから見えなかったが・・・模様がある。
病気にしてはきれいな線を描いている。ペイントか刺青だろう。
ザカリエルもそれに気付いたようだ。
「これか?・・・同じ天使の名を持つ者同士だ。隠し事はなしにしよう」
握手した手が離れる。
ザカリエルは本棚から一冊の本を取り出した。
「これは魔道書だ。歴史の勉強はしただろ?」
何百年か前は魔法があったらしいが、当時の王が魔法の力に恐怖して禁止した。
オカルトな奴らは現代にもまだ魔道書はあるとか言っているが、
 どうやら本当にあるらしい。
まだザカリエルの完全に信用できないが。
「この刺青はな、魔道士の間で流行ってたんだ。だいぶ昔だけどな」
魔道士同士で交流があったのか、とワイズは思った。
「俺も魔法が使える。歴史にも載るくらいのこともやったんだ」
自慢しているようには見えないが、声だけだと自慢しているように聞こえた。
ワイズは考えた。
これは利用できるかもしれない。
ここに来るまでに見た光景を思い出した。
荒れ果てた村、放棄された森・・・。
自分のしてきたことを具現化したような光景だった。
出来る限り、その償いがしたい。
償い切れないのはわかっているが、少しでも・・・。
混乱しているエデンで高い地位を得、そこから平和を目指す。
世界の国々を団結させ、世界平和を実現させなくては・・・。
「ザカリエル、魔法の強さを見たい。・・・協力してくれるか?」
ザカリエルは当惑顔だった。
「・・・どういうことだ?」
「エデンを私達で回復させるのだ。あなたが大統領となるように・・・」
「おもしろいな。やろう」
「なら・・・私の言うことを聞いてくれ」
「なんだ?」
「世界平和だ。世界平和が実現するように、私の言うことを聞いてくれ」
「世界平和?」
ザカリエルは高らかに笑った。
「平和か、それもいい。やってやる。でも俺は何も考えない。お前がやってくれ」
「やってくれるか。それじゃ明日やろう」
「今夜でいいだろ。真夜中に。・・・で、何をやるんだ?」
「まずは名を上げる。ゲリラか何かがいるはずだ。それを潰す」
「じゃ、アルベルト要塞に行こう。金集めに必死なバカな奴らがいるんだ」
「よし、そこに行こう。だが・・・私は何もできない」
「銃ぐらい使えるだろ?ま、俺だけでも充分だろうけど」
ザカリエルの顔には笑みさえ浮かんでいた。
「それじゃ行くか」
ワイズとザカリエルは家を出た。
・・・アルベルト要塞は、暗闇の中、四角い光をいくつも放っていた。
「お前はここで待ってろ。俺が全部やる」
ザカリエルはそう言って、闇に消えた・・・。
壮大な爆音が聞こえ、要塞は赤く光った。
地震と火事が同時に起こっているような感覚で、それでいて恐怖は感じなかった。
1時間くらいすると、ザカリエルが帰ってきた。
「終わった。さ、次は何をすればいい?」
と言った。
・・・サンタ・ルチア港は平和だった。
ルーフの一団は今日もまた訓練だが。
とっていも、ルーフはそれの監督をすることはあまりないので、パーシバルと話していた。
これからどうするのかわからないが・・・。
「・・・なかなかいいだろ、その本」
ルーフはまるで自分が書いたかのように言った。
「確かに。・・・何かすることないの?」
パーシバルが呆れ顔で言う。
「しょうがないだろ、暇なんだから。やることなんて、訓練の指導と、船の調整
ぐらいさ」
「じゃあ自分でやることをつくったら?」
「本読むしかねえな。特に趣味はないし、この街も困ってることなんて
 大してないし・・・今困ってんのは国だろうな」
「じゃあ」
と言ったのをルーフは遮った。
「おい、俺はたかが個人だぞ。国と比べりゃ、アリみたいなもんだ」
「でも・・・暇なら何かしないと・・・」
「別にいいよ。毎日本読んで、お前と話してんだけで」
ルーフは座ったまま後ろを向き、本棚に手を伸ばした。
ルーフの座っている椅子は本棚の目の前だ。
どれを読もうか悩んでいるルーフの姿をパーシバルは眺めていた。
「ルーフ」
「なんだ?いい本があったか?」
「そうじゃなくて・・・毎日暇でしょ?」
「そう言っただろ。どうしたんだ?」
全くルーフは見向きもしない。
本棚の本しか見えないようである。
「私が暇にならないようにしてあげる」
「・・・明日からな。今日は最後の暇な日としよう」
と、ルーフは変な記念日をつくった。