これから退屈はしなくなるだろう。
なにしろ、結婚したのだから。
「おい、ジャム」
ルーフはそう言って、何も付けていないトーストをくわえた。
「はいはい。待ってて」
パーシバルは言った。
ジャムは無論(ではないと思うが)、イチゴジャムである。
朝の光がカーテンを突き抜けて床にぶつかっている。
パーシバルは、スプーンに付けたジャムを、ルーフのトーストに付けてあげた。
口にくわえているので、不安定で付けにくい。
ルーフは軽く手を挙げて、外へ出た。
腰の剣アンサラーが揺れている。
ルーフは振り向きもしないが、パーシバルは手を振っていた。
ルーフが来なくても、団員は訓練を始めていた。
毎日やることが大体決まっているので、ルーフを待つ必要がないのだ。
入ったばかりだと、ルーフ直々に鍛えられるので、行動的になる。
「おい、待て!」
ルーフは団員達に言った。
右手にジャムをなすり付けたトーストがあった。
途端に団員達は止まる。
わざわざルーフの近くまで来ることはなかった。
「今日は港を走れ。全員だ」
ルーフはトーストをかじった。
ジャムが唇に付いてベタベタする。
団員達は隊ごとに別れ、走り出した。
ルーフはそれを避けて、ジャムトーストを食べる。
食べ終わったら、海防戦艦ウェイヴ・スウィーパーの調整と、
サンタ・ルチア港付近の海域を偵察しなければならない。
サンタ・ルチア港はディヴァインで指折りの港だが、
ルーフがいるため、襲うには相当な戦力がないと縄で縛られることになる。
だが、たまにバカな海賊が出てくるので、ルーフも一応警戒しておく必要があった。
もうトーストは食べ終わり、海防戦艦の調整を始めた。
途中、ふとルーフは思った。
会ってからどのくらい経ったか知らないが、とにかく早いのだろう。
実際に会っている時間は、合わせても2日にもならないだろう。
そして、理由はただ「暇だから」だ。
よくこれで結婚したものだ。
我ながら傑作だ。
ルーフは苦笑しながら調整を終えた。
そして、船を出した。
適当に団員の中から5人程選んで、船を動かしたのだ。
船内から外の様子を見ていた。
しばらく船を走らせていると、どこかの船が見えた。
サンタ・ルチア港の船なら港の旗が立っているはずだし、
ディヴァインの国旗もないとおかしい。
下手に港に近づけば、海賊と思われるだろう。
だが、どうみてもその船は海賊の船には見えない。
ここはまだディヴァインの領海だ。国の許可なく他国の船は来れない。
あらゆる可能性を考えても、その船は何なのかわからなかった。
すると、その謎の船の黒い何かが動き出した。
そして、その黒い何かから光が出た。
船がかすかに揺れる・・・機銃で撃たれているのだ。
海賊相手でもこんなことはあるので、団員達も騒がなかった。
「あの船にぶつかれ!この程度、どうってことない!」
ルーフは命令して、拳銃を取り出す。
船は速度を少し上げた。
相手の船は驚いたのか、こちらの船を避けようとしている。
「逃がすな!」
船同士ぶつかる。衝撃にはもう慣れているが、それでも自由に動けない。
外に出て、相手の船に乗り込んだ。
相手はもう銃を突きつけられていて、手を挙げて震えていた。
銃を突きつけている方で、見慣れない顔があった。
今はあまり気にないことにした。
「お前ら、何者だ?」
ルーフは冷たく言った。
だが、相手は黙ったままだった。
「・・・お前は?」
ルーフは見慣れない顔≠フ男の肩を叩いた。
「あ、俺は・・・アナエル。ま、よろしく、ルーフ」
軽く笑いながらアナエルは言った。
「ああ」
ルーフはアナエルの肩越しに見える相手を見て
「あいつらを縛っとけ」
と団員に言った。
港に着くと、あの人間達を問い詰めた。
話によると、女尊男卑の人間で、元々攻撃するつもりだったらしい。
間抜けにもルーフの存在を忘れていて、サンタ・ルチア港を
簡単に襲えると思っていたという。
だからたった一隻しかなかったのだ。
相当ディヴァインのなめている。
とりあえず、処遇は港の市長に決めてもらうことにした。
「・・・で、アナエルだったか?お前はなんで俺の船にいたんだ?
それとも奴らの仲間だったのか?」
ルーフはいつもの口調で言った。いつもの、といっても、きつい口調だが。
「いやあ、ちょっと放浪癖があってね。この港に来て、
好奇心で船に乗ったら出航したもんだから。どうしようもなく・・・」
アナエルは頭をかきながら言った。
「なら、何故銃を持っていた?」
「船の中にあったから。つい流れで銃を向けたんだ」
「・・・まあいいか。で、どこなんだ、お前の家は?」
「ジパング。適当に帰るからさ、放っといて」
どういう人間なのかわからないが、適当人間であることだけはわかった。
「じゃ、俺は仕事がある。じゃあな」
「ああ。それじゃ」
ルーフをアナエルは立ち上がった。
・・・アナエルは、すっかり暗闇に包まれた港を歩いていた。
無防備に見えるが、ポケットに突っ込んだ右手にはナイフがある。
折りたたみ式の果物ナイフのようなものだ。
人を脅すぐらいならこれで充分。不良には効かないが、そのときは軽く切ってやるしかない。
アナエルはジパングで有名な音楽家だった。
バイオリンのソロで、ファン層は大体中高年だが、それで満足だった。
ある程度生活できるだけの金さえあれば、あとは放浪癖が自分を動かしてくれる。
果物ナイフを握りながら、アナエルは暗闇に消えていった。
・・・ルシフェルは、ミッドガルドの首都ラグナレクにいた。
大統領シグムンドに呼ばれて来たのだが、未だはっきりとした理由はわからない。
待っているように言われて早30分。
いい加減、都内のコーヒーショップに居続けるのも、店の人に迷惑じゃないかと思ってきた。
適当にコーヒーに砂糖を入れていると、誰かが入ってきた。
見ただけで、どこかのお偉いさんであることはわかった。
だが・・・俺も一応、女尊男卑のリーダーだ。偉いはずなんだ。
・・・しかし・・・あの威圧感はどうやっても持てないな。
サングラスでもかけたら似合いそうなのに、していない。
そうしたらヤクザか何かと誤解されるだろう。
そのサングラスをかけていないヤクザ風の人は、ルシフェルの前の席に座った。
「ルシフェル将軍?」
声は意外にも普通だった。
「そうだが・・・あなたは?」
「私はシグムンド大統領の秘書です。あなたに伝えたいことがあります」
「何でしょうか?」
「一度大統領とお会いしてください。・・・私についてきてください」
ヤクザな秘書は立ち上がった。
ルシフェルは、コーヒーを急いで飲み干し、片付けてからついていった。
あまり待ってはくれなかったので、走らなくてはならなかった。
ルシフェルはヤクザ風秘書に案内されて、ビジネスホテルの一室のドア目前に立った。
特に高級感はなく、一般の人でも少し無理をすればに来れる程度のものだ。
「どうぞ」
ヤクザ風秘書がドアを開けてくれた。
ルシフェルは中に入ったが、ヤクザ風秘書は外で待つつもりらしく、入らない。
他に仕事でもあるのだろうか。
「ルシフェル将軍、待っていたよ」
ベッドに座っていた男が立ち上がり、ルシフェルに近づいた。
「私がシグムンドだ。よろしく」
と、手を出したので、ルシフェルはその手を握った。
「よろしく」
「さて、いきなり本題に入らせてもらう。女尊男卑は、我々と協力する気はあるかな?」
「・・・何にですか?」
「ディヴァイン攻撃。まあ、同盟を結んでくれということだ」
ディヴァインとミッドガルドは昔から仲が悪い。
1000年前の豊魁決戦はそれを裏付ける戦争だ。
シグムンドも、核をやられてディヴァインを敵視するのはわかる。
だがあまりにも唐突過ぎだ。第一、女尊男卑に大した戦力はない。
同盟を結んだところで、足を引っ張られるだけだろうに。
「我が女尊男卑は、まだ戦力的にも不十分です。後1年はしないとなりません」
「そうか?ビフレストがあるだろう。あの街をフル稼働させれば、
多少の無理もなんとかなる。我がミッドガルドも支援する」
「・・・まだ軍隊の編成が整っていません。装備も最新とか言いかねます」
「我がミッドガルドが支援すると言っているだろう。・・・同盟したくないなら、
無理に併合ということもできるのだが」
脅しているつもりなのだろうが、ルシフェルはなんとなくわかった。
シグムンドは、何か使命のようなもののためにディヴァインを攻撃したがるのだと。
その肝心の使命がわからないのだが・・・まあいい。
ミッドガルドは世界でも指折りの大国。
こんなできたての小国に対してここまで言ってくれるのだから、引き受けてもいい。
「・・・わかりました。同盟を結びましょう。」
「そう言ってくれると助かる。・・・来年には攻撃を開始する。
それまでに準備してくれ。兵もいくらかも貸そう」
ルシフェルとシグムンドは、再度握手をした。
しかし、ルシフェルに気がかりなことがあった。
パーシバルが消えたことである・・・。![]()