最近、学生とか校長の自殺が多くなっている(2006年11月16日現在)。
私も学生だが、死ぬ気はそうそうない。というよりもったいない。
せっかく生まれてきたのに、自分から死ぬなんてもったいないだろう。
自殺した人にはその人なりの事情があったんだろうが、私には理解できない。
校長は責任を感じているのだろうが、死ぬ程のことだろうか。
死んだところで、ニュースのネタが一つできるだけだ。
後は、周りには損しかない。
家族は悲しむだろうし、交友関係の人も同じだろう。
学生も、死んでどうなるのだろうか。
大体の自殺の理由は「いじめ」らしい。
だが、その「いじめ」をする相手に対して、自分で出来る限りの反抗をしたのか?
面と向かって言うなり、先生にでも言えばよかっただろう。
先公が生徒をいじめるという、あまり生きていて欲しくない人間もいるが、
それでも「死」は最終手段ではないと思う。
何故わざわざ「死」を絡める?戦争してるわけじゃないのに。
最近は狂っている人も多い。人の死をなんとも思わない輩も出てくるだろう。
子供の頃から、テレビで見るニュースは殺人だ自殺だ・・・。
・・・いつ、「死」が当たり前でどうしようもないことになるのだろうか。
生きたいとは思わないのか。生を受けておいてなんだそれは?
私もただの一人のガキ。説得力はないかもしれないが、私はそう思う。
たかだか10代の子供が、いじめを受けて生きることに失望する程の
大人になったのはいつだ?法ではまだ酒も飲めないくせに。
そんな全てを知ったようなことをする暇があるなら、
「いじめ」に対してなんらかの行動を起こせ。
社会も、先生と生徒の教育を人に誇れるものにするべきだ。
「死」が当たり前にならないように。
死んだらその先が何かは知らないが、行きたいとは思わない。
そんな知的好奇心はない。知ったところで、夢一杯になることはないだろう。
・・・ということで、私はまたしても「死」や「生」について書いてしまった。