さて、この2005年の冬にふさわしく、サンタクロースについての小論でも書きますか。
まず、サンタがいないとこの論文が書けないので、サンタは存在すると仮定します。
サンタは、何故、大人にはプレゼントをあげないのだろう?子供にはあげ、夢も共に与えているというのに。大人は夢を持たなくてもいいと?
サンタよ、お前に人の夢を奪う権利はないぞ。
サンタを信じる、信じないは賛否両論だろう。
では、サンタは、サンタを信じていない子供にもプレゼントを与えるのだろうか?
サンタが原因で信じなくなったかもしれない。
例えば、親に「サンタはいる」と言われ、信じていたが、プレゼントをもらったことがなく、「サンタなんていない」と思い込み始め、その内親を信じなくなり、人間不信に・・・なんてこともあるかもしれない。
サンタがいるとしても、絶対に一人ではないはず。でないと、この世の法則を無視することになる。
ソリなりトナカイなりに乗って海を渡るよりかは、飛行機とかヘリ(神秘性ゼロ)にでも乗って空を翔けた方がずっと速い。プレゼントも速く届けられるではないか。
しかし、これでは余りにも神秘的でないし、普通に考えても、たったの一夜の内にこの地球全土を駆け巡るのは無理がある。飛ばし過ぎると、燃料もなくなってしまうのだし。
となると、サンタは数人いるか、もしくはドラえもんのように、「どこでもドア」でも使うしかない。
だが、「どこでもドア」は現実には存在しそうにない。空間をねじ曲げたり、周囲を一瞬にして変化させたりするには相当な力が必要だろうし、今日(きょう、ではなく、こんにち、と読むべし)の科学力では過重力場をつくるのは無理である。
では、サンタは数人いることになる。
各大陸に百人以上のサンタグループがあって、この世界のどこかにサンタクロース派遣会社があるとも考えられるし、ただのボランティア団体かもしれない。
だが、ボランティアで地球上の子供にプレゼントをあげるとしたら、兆はいくだろう。少なくとも、億は下らない。
ということで、サンタグループはボランティアではなく、派遣会社があるのではないかと推測できる。
さて、規模が大きくなリ過ぎたようだ。話を少し変えようか。
サンタは何故いるのだろうか?お前の存在意義はなんだ?
プレゼントをあげるためにいるのか?違うだろう。夢を与えるためではないのか?
それなのに、お前は子供達に「いい子にしていたか?」と聞く。
「いい子にしていたか?」だと?
サンタよ、お前は「いい子」にしか夢を与えないのだな?「悪い子」には何をくれるんだ?地獄への切符か?おい。
この世に住む全ての「人」は同じ「人」である。それを忘れるな。
「いい子」も「悪い子」もない。全て「人」なのだ。
それでもお前は「悪い子」には夢も与えないつもりか?せめて「有効期限無しの天国行きの切符」でもあげてやれ。地獄は子供にはよくないから。
その「人」に対しては、平等に接さなければならない。
差別なく、平等に接することこそがお前のするべきことだ。
サンタ、私はお前のことを許さぬ。夢を与える希望のオヤジよ。
大人にも夢を、「人」に夢を!それこそが、真のサンタ、希望のオヤジだ!
何を力説しているのだ・・・。
ま、私の言いたいのは、平等、ただこれだけだ。ここから発展して考えることもできるが、それはこれを読んでいるあなたが考慮すべきことであって、私がすることではない。