人生論、と聞いて、なにか難しいことを想像でていないだろうか。
そんなこと考えなくていいですよ。私は難しいことなんか考えるだけで思考停止しますから。
さて、本題に入りましょう。
あなたは人生について、どう考えていますか?
ま、どう考えていてもいいです。ですが、私はこう考えています。
人生とは、なにかやるべきことがあるからあるんだと考えています。
例えば、私は「エンタの神様」を見て、バカ笑いすることが生きている証であり、使命でもあるのです。
こんな小さなことでもいいんです。そうだろ?神様よ。
私はエンタを見て、誇りを持ってバカ笑いできます。それが神に与えられた使命ですから。
ですが、生命の灯火を消すことが使命とは、感心できません。
人殺してもいいことありませんよ。人肉は硬くてまずいそうですから。
それに、法に触れます。たかだか人ごときの生命を絶って、自分が死よりも辛い思いをするなんてバカらしいですよ。
そんなことをするんなら、少しくらい国に尽くしたらどうです?
あなたは母国の人間としてこの世に生を受けたんですから、国に尽くさないと。
母国の救世主ですよ。語られない英雄ですよ。カッコイイじゃないですか。
そうだ。自殺についても書いておこう。
自殺したい人。なーにやってんですか。人生にリセットは効かないんですよ?
私だって、FEで何度リセットしたことか。
でも、人生にリセットが効かないなんて、神様もうっかり者ですねえ。世界の幸せを望んでいるなんて、人類の単なる空想に過ぎないということですか。
・・・で、自殺志願者の諸君、いや、なんでもかんでもマイナスにしか考えられない、かわいそうな人々と呼びましょうか?
私も、死んでみたいと考えたことがあります。しかし、なんとも学者的な考えで、死後の世界を見たいと思ったからだ。
しっかし、よく考えてみれば、死んだらこの世に残せないなあ。
で、死にたい人が何考えてるかなんて、私は興味ありません。
死にたいなら死ねばいいじゃないですか。まだ死にたいというなら、恐いんでしょう?死が。未知の世界へ旅立つことが。
どうせ死ぬなら、その恐怖の死をもプラスに考えたらどうですか?
例えば、私のように、「死んだら未知の世界へいける。俺みたいな自ら死にたがっている奴でも、死の世界は受け入れてくれるんだ。それに、死んだら司馬懿や諸葛亮に会えるかもしれない。」と。
司馬仲や孔明に会いたいですねえ。孫子とかと会談して、兵法を学びたいですよ。
でも、生きる方がずっといいんじゃないですか?
有名人に会ったからといって、どうせ、会ったら会ったで「大したことないじゃん」と思ったり、「もう見慣れた」と思うんですから。
それが「慣れ」という、期待を一片も残さずに打ち消す諸悪の根源です。
生きててもなにもいいことがない、と思うのなら、早く死んだら?
生きたくないんだろう?誰も止めはしない。それがあなたの希望だというのなら。
生きたいのか、死にたいのか、それは自分で判断、決断するものです。あんた、死んだら?なんて言われて、ちゃんと死にますか?私は神に死ねと言われても、逆らい続けます。
なんで、たかが他人に言われて、自分の炎を絶てるんですか?
それが出来る人ほど、司馬懿の言う凡愚、いや、凡愚を大きく通り越した賢者です。相手に媚びるプロです。
誉めてると思いますか?そう思える人は幸せですねえ。
皮肉の意味すら理解できていない、かわいそうな人なんでしょう。
国語辞典で調べたらどうです?私は新明解国語辞典をお勧めしますよ。広辞苑はデカイだけで、役に立ちません。
それに比べて新明解国語辞典ときたら、生意気、と引いてみると、最後の方に「いつか懲らしめてやりたい感じだ。」と書いてあります。
世の中、笑いと真面目さがある方がいいでしょう?
全く、自殺志願者は周りの迷惑も考えて下さいよ。
あなたが死ぬことで、先輩か後輩があなたの分の仕事を受け持つはめになるんですよ?仕事がなくても、仲間を悲しませ、死体の周りに死臭を漂わせて通行人の鼻を強く刺激したり、死体片付けだってたまったもんじゃない。誰にも迷惑をかけずに死ぬのは無理です。
死ぬことは取り止めることです。
私だって、この世に生きながら、死を知ることができるようになるまで、悪霊になってもこの世に存在し続けるつもりですから。
あなたがどう生きようと、どう死のうと、そんなこと知ったこっちゃない。
でも、あなたごときの死によって、多くの、生命の炎を灯している人間を悲しませることになることは、憶えておいて下さい。
誰が死のうと、神は悲しみません。あ−あ、死んじゃった、の一言でまとめられるんですから。あなたの人生が。
生きているんだ。だったら、歴史に名を残すことぐらい、したらどうです?そうじゃないと、なんのために生きたんだか、わからないじゃないですか。ただ「エンタの神様」を見て、バカ笑いしてお終い、なんて人生、なんですかそれ?
後世に名を残す、どうにかして、やってやろうじゃないか。生きた証をつくるんだ。
自分の意思を示せ。自分の正義を貫け。馬超のように、正義を守る!なんて、平然として言えるようになったら、一人前だ。よくやった!
恥ずかしいったらありゃしないが・・・それを耐え抜く忍耐力なくして、この社会を生きてはいけない。